柔術

ブラジリアン柔術の歴史

柔術とは日本で戦国時代などに相手を殺傷せずに捕えたり、急に襲われた時の護身用として習得されてきた武術です。

古くから伝わっていた武術であり、それを近代になって発展させたのが柔道や合気道などであり、現在でも各地で学校や道場などでも盛んに行われています。

柔道自体はオリンピック種目にもなり、学校でもクラブ活動などでも盛んに行われており、日本のお家芸で馴染みが深くなっています。

一方、ブラジリアン柔術はブラジルの格闘技の一つであり、格闘技大会で日本人にも聞かれる様になった武術です。

その歴史は日本人柔道家であった前田光世が様々な格闘家と戦って習得してきた柔術をグレイシー一族に伝えたことが始まりです。

グレイシー一族がその伝授された柔術をさらに発展させて、格闘技としても知られる様になっていきます。

そのためブラジリアン柔術とは、グレイシー柔術とも言われる様になり、現在では格闘技の世界でもその申し子が存在するとして注目されたほどです。

その基本は嘉納治五郎が創設した柔道の教えを引き継いでおり、体力が劣ったり体格などが小さいなどのハンディのある人が、勝てる方法を編み出した点にあります。

先に出てきた日本人柔道家である前田光世も、嘉納治五郎から直接、指導を仰いでおります。

親日家のルーズベルト大統領がホワイトハウスで、嘉納柔道の四天王の一人を招いて巨漢と対戦させたがその試合で敗れてしまったことで、日本の柔道の威厳を果たすことを誓ったとされます。

その後の人生でもアメリカ各地で、ボクサーやプロレスラーなど強い格闘家を道場破りに近い形で対戦し続けています。

対戦し続けて無敗の記録を打ち立てたのが前田光世の凄さです。

そして最後にたどり着いた先がブラジルであり、グレイシー一族に柔道などを伝え、それをより格闘向けに改良して行ったのがブラジリアン柔術となります。

1950~1990年に徐々にブラジル各地でも普及し、1990~2000年には全米にブラジリアン充実を教えるジムも数多くなっていきます。

格闘技大会などでも軽量者が重量者を打ち勝つことができることから格闘技をする方にとっても人支持を得ています。

現在に至っては、世界的な競技人口が増加しているため、スポーツ的な要素としても親しまれてきます。総合格闘技が流行しており、その中でも最強に位置付けられるのがブラジリアン柔術です。

日本でも1997年にはJBJJFが誕生し、2008年には11戦無敗のヒクソン・グレイシーによるJJFJの団体が設立され、日本でもお馴染みにもなっています。

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